共用スペース充実で解約抑止
一見無駄のように感じるが、その無駄が実は価値を産むということがある。
エントランス空間を敢えて大きく取ったり、ラウンジを設けたりすることで、物件に人気が出るのだ。その「空間」では何か行われているわけではない。
ただ、空間が広がっているだけだが、それがいいのだ。(藤澤雅義)
「いま計画しているようなプランではなく、もっと戸数を多くして賃料を稼げる企画にしてください」
このように銀行融資担当者から注文が付けられた新築企画がある。1階エントランスの隣に、『入居者同士の憩いの場となる70㎡ほどのホール』を設けた企画だ。(図参照)
銀行融資担当者は、
「このようなスペースは無駄ですから、このホール部分にもワンルームを数戸作って、他の部屋もすべて単身の間取りにして戸数と賃料を稼いだほうがいいのではないですか?」と言うのだ。
しかしエリア内の供給物件は8割が単身物件で空室も目立ち、すでに供給過多に陥っている。そのような状況下で1Kを作っても賃料を生み出すどころか空室期間が生じるだけだ。
そのため、このエリアの入居者に求められているにも関わらず供給数が少ない、いわゆる需給ギャップが生じている1LDK・2LDKの間取りにするだけでなく、入居者が利用できるホールを提供するという企画で差別化したのだ。
具体的には、そのホールにはプロジェクターと高性能の音響機器を設置し、映画やスポーツを大画面で楽しめるといった企画、ほかにも外部から講師を招いて「料理教室」や「ヨガ教室」などのイベントを開催しようと考えた。
さらには物件の屋上には太陽光パネルを設置し、そこで発電したものをこのホールに通電できるようにすることで、災害時など電源喪失の状態に陥った時でも電気を確保するといった数々のアイデアだ。
しかし銀行の担当者はこうも言ってきた。「太陽光パネルから発電した電力も全て買い取ってもらえばキャッシュ・フローは違ってくる」と。
それに対し私は「もちろんその考えも間違いではないですが、この充実した空間の持つ力こそが物件の魅力になります。新築時には感じにくいかもしれないですが、5年後、10年後、20年後の将来を考えれば、この力が物件の価値を高め、賃料下落を防ぐ1つの要因となっているはずです」と答えた。
こういう「空間の余裕」がある物件に住んでいるということは、入居者にとっては誇りや満足感を得ることができるだろうし、「空間」があるのとないのでは物件の格やイメージも全く違うものになる。
結果として、入居者は長期間住み続け、たとえ空室が生じても、恐らくその期間は短く抑えられるのではないだろうか。ただひたすら戸数を増やして賃料を稼ぐのではなく、空間の持つ力で解約の抑止に繋げてキャッシュ・フローを増やすという考えも有効だろう。
(筆:原田亮/週刊住宅2015.06.01掲載)