質問
賃貸不動産の運用状況や傾向をつかむためには、どのようなデータを把握すれば良いでしょうか?
回答
まず、1年間の収入と支出の流れをまとめたキャッシュフローツリーを作成しましょう。
賃貸運用状況を知るための様々な指標を求めることができます。
キャッシュフローツリーをつくる
キャッシュフローツリー(以下、CFT)とは、1年間の収入と支出を流れに沿ってまとめ、最終的な手取り額までを表したものです(図1)。
CFTによって、必要な項目ごとに収入と支出が分かり、賃貸運用状況の把握を手助けしてくれます。CFTの一番上にくるGPIは総潜在収入のことで、査定家賃通りに1年間満室状態が続いた場合に得られる「家賃総額」です。賃貸中の部屋は、再募集家賃で計算します。年々変化していくので、毎年GPIを再計算していくとよいでしょう。
賃料差異は、GPIと成約家賃との差です。つまり、現在の家賃相場と賃貸中家賃との乖離を測るものです。例えば、査定家賃が月額5万円の部屋を、募集時期が悪く4.7万円で成約した場合、年間で△3.6万円の賃料差異です。
一方、長期入居者が月額5.5万円で借り続けてくれていれば+6万円です。賃料差異がプラスに大きい場合、解約によって再募集家賃が下がり、収入が大幅にダウンする可能性があります。差異がマイナスであれば、募集戦略が上手くいかず期待通りの家賃で成約ができていないのかもしれません。
GPIから賃料差異、空室損(空室によって得られなかった家賃)、滞納損(回収不能となった滞納金、フリーレントも滞納損の一種)、雑収入(駐車料、礼金、更新料など、家賃以外の収入)を加算減算したものが実効総収入(EGI)です。
実際に得られた収入の総額とも言えます。EGIから運営費(維持修繕費、管理料、公共料金、保険料、固都税など)を控除したものが営業純利益(NOI)です。
NOIは、1年間に物件が稼ぎ出す利益を表す重要な指標です。
投資家が強く意識する指標でもあり、「NOIが上がる=物件価値の上昇」に繋がります。NOIから年間ローン返済総額(ADS)を引くと、キャッシュフロー(税引前手取額)となります。
賃貸経営の安全率を測る
CFTから、賃貸運用の安全性を測る指標が2つ読み取れます(図2)。その1つが返済倍数と呼ばれるDCRです。
NOIが年間ローン返済総額(ADS)の何倍かという指標で、NOI÷ADSで求めます。ローン返済を行うオーナーが最も避けたいことは債務不履行ですが、DCRはその安全マージンを測ります。ローンの貸し手も意識する指標であり、一般的に1.25~1.3以上が求められます。
数値が高いほど安全性が高く、DCRが1未満は、物件の稼ぎ(NOI)ではローンが返せないことになります。
安全性を測るもう1つの指標は損益分岐点です。(運営費+ADS)÷GPIで計算します。
GPIに対して、支出項目である運営費とADSが占める割合を表し、数値が低いほど安全性が高くなります。もしも、損益分岐点が90%だった場合、空室や滞納によって収入がGPIより10%以上下がると、賃貸運用の資金繰りが行き詰まることを意味します。安定かつ多額の雑収入でもない限り、80%以下に抑えたい指標です。
解約率、空室率、運営費率
CFTに加えて、解約戸数や空室日数などを知ることで、求められる指標があります(図2)。
解約率は、総戸数に対する年間解約戸数の割合です。年間解約戸数÷総戸数で計算します。住居系物件の平均値は20%~25%程度で、20戸のアパートであれば、年間4~5戸の解約があります。解約率がこれと比較して大幅に高いのであれば、解約を促進してしまう原因があるのかもしれません。
空室率は、全部屋の稼働可能日数に対する空室日数の割合を表します。(年間解約戸数×平均空室日数)÷(総戸数×365日)で求めます。値が小さいほど満室経営に近いことになります。
運営費率は、運営費がGPIに占める割合で、運営費÷GPIで求めます。この値が小さいほど効率良く賃貸運用ができていると言えますが、一方で本来必要なメンテや修繕を怠っている可能性も考えられます。
こういった指標は、単年の数値からでもある程度の賃貸運用状況を掴めますが、毎年の数値の推移、類似物件データとの比較からこそ見えてくるものが多くあります。指標の把握と分析には、ある程度の手間はかかりますが、各管理物件について、定期的に、かつ継続的に取り組む価値があるのではないでしょうか。
ポイント
- 賃貸不動産の運用状況をつかむためには、まず年間の収入・支出をまとめた「キャッシュフローツリー」(CFT)をつくります。
- 営業純利益(NOI)は物件の稼ぐ力そのものを表す重要な指標です。これを高めることで、物件の価値を上昇させることができます。
- 賃貸運用の安全性を測る返済倍数(DCR)は1.25~1.3以上、損益分岐点は80%以下が望ましいです。
- CFT、解約率、空室率、運営費率といった指標は、単年だけではなく、毎年の数値の変動率や推移を観察することが大切です。
(公益社団法人 全日本不動産協会発行「月刊不動産」2016.1月号掲載)