「相談デスク」
このコーナーはベーシックサポート会員様から実際に当社へご相談いただいた内容を、解決策の一例として公開していく企画です。
借主に訴訟を起こされた事実は「信頼関係の破壊」に当たるか
賃貸借契約は、賃貸人と賃借人の相互の合意によって成り立ちます。故に、これを解除する場合にも賃貸人と賃借人、相互の合意が必要となります(合意解除)。
しかし、時としてどちらか一方が単独で解除を求める場合があります。滞納や契約違反など、その理由は様々です。
賃貸借契約を強制的に解除する――、その際に必要とされるのが、当事者間の「信頼関係の破壊」です。
今回は、信頼関係の破壊とは何を指すのかを確認します。
相談ダイジェスト
- 当社管理物件の入居者が、当社を相手取って訴訟を起こしてしまった。
- 元々は騒音クレーム。騒音問題が解消しないのは管理会社の不手際だとして損害賠償を求めている。
- 客観的に見て裁判には勝てそうだが、判決後もゴネるだろうし、正直なところ裁判後は住まわせたくない。
- 転貸借方式で管理しているため、その入居者に対して当社は「貸主」。
- 借主から訴えられることが「信頼関係の破壊」であれば、明け渡しの訴訟を起こしてしまいたいが、どうか。
専門家の回答
要件は債務不履行。借主を不利な立場に追い込まない意味でも明け渡しは難しい。
賃貸借契約のような継続的契約は、当事者間の信頼関係を基礎としており、単に法律で定められている要件を満たしただけは解除はできません。解除には、当事者間の「信頼関係の破壊(背信行為)」が必要とされます。
そして、ここで言う「信頼関係の破壊」とは、言わば「当事者間の信頼関係を破壊したと言える程度の債務不履行」です。一般に言われる義理人情の類の「信頼」とは違い、「信じていたのに裏切られた」といった感情だけで契約解除を勝ち取ることはできません。
信頼関係を破壊するほどの債務不履行とは、たとえば長期間の家賃滞納や、契約とは異なる部屋の使用(無断転貸や使用目的違反、公序良俗に反する使用など)を指します。よって、単に訴訟の事実だけを理由とする今回のケースにおいては、借主に部屋を明け渡させることは難しいと考えられます。
借主という立場を考慮
明け渡しが難しいと考える根拠はもうひとつあります。
それは、貸主と借主のパワーバランスの問題です。
仮に、「借主に裁判を起こされた。信頼関係は破壊された。契約を解除し、借主には即刻出て行ってもらう」という貸主の主張が通ってしまったら、世の中はどうなるでしょうか。
きっと、借主は貸主からどんな横暴な扱いを受けていても、追い出されることを恐れて「訴訟」という手段をとりにくくなってしまうでしょう。貸主に対して、借主という立場が著しく弱体化してしまうのです。
賃貸借契約において、物を貸し出す貸主と、正当な対価を支払っている借主の立場は対等です。この対等な関係を維持するためにも、裁判所は明け渡しを認めるような判決を下さないだろうと考えられます。
現実的な手段
騒音に対するクレームはおそらく今後も止まないが、滞納もないし契約違反もない。出て行ってほしいが明け渡し訴訟はできない。
このような状況では、実務的には立ち退き料や手切れ金の類を支払うことによる解決方法になるのではないでしょうか。
入居者も、騒音のひどい部屋に住み続けるよりは引っ越したほうがいいと考えているかもしれません。意外と引っ越し費用程度で手打ちになる可能性もありますので、入居者からの損害賠償訴訟に勝った後は、まずは当初の明け渡し訴訟の費用程度を予算にして、地道に立ち退き交渉を始めてみてはいかがでしょうか。
※この事例は2014年2月のものです。ご紹介した考え方は一例であり、トラブル解決のプロセスは案件ごとに異なる旨、ご承知おきください。
※補足事項
1.隣の部屋からの騒音がおさまらないのは管理会社の管理が悪いからだ!という主張
→ 裁判を起こすまでは可能だが、入居者が損害賠償を勝ち取るには、原告である入居者みずから「管理会社の不手際」を立証する必要があり、さらに「騒音がおさまらないことと管理会社の不手際の因果関係」まで立証しなければならない。これは非常に難しい。一方で、訴えられた立場である管理会社は、きちんと騒音問題解決のために行動していた(常識の範囲内で「管理業務」を行なっていた)ことを示せれば十分である。
以上のことから、「裁判には勝てそう」と判断している。
2.明け渡し訴訟に勝つ方法は本当にないのか
→ 本編の通り、借主から裁判を起こされたことだけを理由に契約解除・明け渡しを勝ち得ることは難しい。
しかし、そのほかに何らかの要件があれば信頼関係の破壊を主張できるかもしれない。たとえば、元々の「隣の部屋がうるさいからなんとかしてくれ」という訴え・クレームが、管理会社の営業を妨害するほどの「過度のクレーム」であったなら、可能性はある。
ただし、その場合には<1>の入居者と同様に、原告である管理会社が「営業を妨害され、信頼関係が破壊されるほどのクレームだったこと」を立証しなければならない。また、過度のクレームといっても、一般のクレームに比してどこからが「過度」であるかの定義も必要となる。時間も手間も費用もかかることから、現実的ではないだろう。