全国賃貸住宅新聞

公開日:2015年12月14日

第83回 事前に宣言しておくルールが必要

第83回 事前に宣言しておくルールが必要
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時代をリードする「デザイン」という感性

現場を知る企画者・設計士と建設会社との連携が重要

デザインの価値

我々は、住宅の建物というモノを扱う商売だ。近年、モノのデザインが重要視されている。デザイナーズマンションという言葉を聞くようになって久しいが、はたして日本の賃貸住宅のデザインの質はいかがであろうか。私が読んだ本の中で、是非読者にも読んで欲しいと強く思うものがある。それは、ダニエル・ピンク著の「ハイ・コンセプト」(「新しいこと」を考えだす人の時代)(大前研一訳)である。これは現代のビジネスパーソンの必読書だ。この本の中で、6つの「感性」に大きく左右される時代がきている、と言っている。それは①デザイン、②物語、③調和、④共感、⑤遊び、⑥生きがい、である。 豊かな時代では、手頃な価格で十分な機能が備わった製品を製造するだけではもはや不十分だ。同時に、美しく、ユニークで、美的法則に則ったものでなくてはならない。モノがひしめきあった市場の中で差別化を図るためには、デザインや共感、遊び心などの一見「ソフトな資質」が最も重要なアプローチになる。

 

アメリカでは、MFA(Master of Fine Arts/美術学修士)が新たなMBA(経営学修士)に代わる価値ある資格となりつつあるらしい。自動車メーカーであるゼネラル・モーターズ(GM)の会長は、我々が手掛けるのは「アート・ビジネス」だ、といった。同じお金を出してモノを買う(借りる)ならデザインの良いものを持つのが気持ちがいい。性能はいまやほとんど変わりがないのだ。賃貸住宅もまさしくそうではないか。設備仕様において、いまは大きな差はないといっていい。では、デザインをどうするか。

▲ 一戸建て外観

デザインは、それをする人のセンスに左右されてしまうので、結論からいうと、やはりセンスのある設計士に依頼して、企画・設計をしてもらったほうがいい。なかには、自分で何とか見よう見まねでやろうとする人もいる。その人に本当にセンスがあればいいが、大抵の人はあるはずはないので、やめておいたほうがいい。アイデアは設計士に出してもらい、それをジャッジするという立場になるほうがいいだろう。したがって、「センス」にはお金を払うべきである。そもそもそういった感性で食べている人であって、普段からそういうことばかり考えている人なのだから、普通の人の何倍もアイデアを持っていて当然だ。このデザインセンスにお金を払うという感覚は、忘れてはいけないと思う。世の中には、それを忘れた「なんちゃって」デザイナーズマンションも多く存在するのである。

設計士とのつきあい方

それでは、現実的にどのようなデザイナー系設計士に依頼すればいいのだろうか。当たり前だが、いいデザインのセンスをもっている設計士で、できれば意匠が得意なだけの人ではなくて、現場の施工も知っている、積算(建築コストを見積もること)も分かるという人がいい。しかし、そんな人がなかなかいないのも現実であるが。皆さんは、デザイナー系の設計士と付き合ったことはあるだろうか。結構、「強気」なのである。建築現場においては、設計の先生というのは絶対的な権力者だ。現場スタッフは、設計の先生にいちいちお伺いを立てて「これはこうしていいですか」と決断を仰がないと物事が進まないので、どうしても現場では存在感が増すのである。そして、やっかいなことに「センスの良い設計士」ほど、ある意味、芸術家だから、我儘な面があるのは否めない。

▲ パラヴェント外観

今までの私の経験でも、私が建築プロデューサーで総合的な最終決断者のはずなのに、独断でプランを変更したり、自分の好きなパターンに持っていこうとする。それが、賃貸住宅として、入居者の視点からみて合っていれば別に問題はないのだが、それをやったら駄目、賃貸経営が成り立たなくなる、ということを勝手に進めようとする。そして、自分自身はそのプランが間違っているとは、露とも思っていない。これをやったらまずい、というアイデアを設計士が出してきたらどうするか。そういう時は、設計士とむやみに話し合ってはいけない。センスについて話し合っても、それは主観だから、意味のないことだ。端的に「駄目、やり直してください」とするのである。

 

あなたが、オーナーで発注者なら、賃貸の現場を知るアドバイザーを別途つけて、最終的にはその人の意見を尊重します、としておくべきだし、あなたが賃貸の現場の人間なら、事前に「意見が分かれたら、私が賃貸の現場を知っているのだから、私がジャッジします」とはっきりと宣言しておくべきである。設計士と付き合うときには、そういうルールが必要なのである。設計士は設計のプロではあっても、賃貸経営では素人なのだから、設計士が主導して賃貸経営の商品をつくるべきではないのは自明であろう。世の中にある「デザイナーズマンション」と言われるものを何棟も見ているが、結構、やってはいけないことをやってしまっている。

 

たとえば、少々極端な例かもしれないが、あなたはあの安藤忠雄氏の出世作「住吉の長屋」を賃貸住宅としてあのまま作る勇気があるだろうか。細長い敷地14坪に目いっぱいコンクリート住宅を建て、真ん中にパティオ空間があって、雨の日は部屋から部屋へ移動するときには傘をさして行かなければいけないという様々な議論を巻き起こした問題作である。私は個人的にはあの設計は大好きだが、賃貸であれをやるなら、2階の空中通路はガラス張りか何かで、雨風が入らないようにするだろう。それが、「賃貸経営としての設計」である。ちなみに、あの建物には、30数年前の発注主がまだ当時のまま住んでらっしゃるのとのこと。いい話だ。ちょっと変えれば、連棟長屋で賃貸住宅を作ってもいいと思う。いまだに色褪せない力をもった住宅だと思う。

▲ RIVO瑞穂公園外観

「住吉の長屋」では話がちょっと高級になってしまったが、もっとおかしな設計、たとえばファミリータイプなのに、洗面台を設置していないとか、南向きなのにわざと日当たりを悪くするとか、色使いが変とか、間取りが変、どうやって使うの?意味のない無用の廊下がやたらある、これは危険だ、事故があったらオーナーは訴えられる、とかそういう設計を私はたくさん見てきた。これは、賃貸経営を知らないからやってしまったことである。

 

設計士自身は、普段から「住宅」を作っているので、一緒の感覚で自信満々だし、一度でも賃貸住宅を手掛けたことがあって、完成して満室にした経験があると、自分の設計が良かったからうまくいったと思っているものだ。悪循環なのは、持ち家だったら絶対に施主(発注者)がゆるさない事柄でも、賃貸だからよくわからないし、この先生の作品なのだから、大丈夫なんだろうと発注者もチェックが甘くなっていることだ。しかし、既に述べたように賃貸経営はそんなに甘いものではない。新築で決まるのは当たりまえである。そして、それが失敗作であったことがわかるのに10年くらいかかるのである。

 

かといって、彼らのセンス・発想は刺激的であるし、使わない手はない。実際の案件でも、設計士のほとんどのアイデアを、私は尊重する。プランニング前に、「こういうイメージで、何々風のものを作りたいね」とか、もっと具体的に「キッチンをベランダ側に置いてみようか」とか、「ベッドルームやリビングを丸い形にしてはどうだろう」「ベランダを大胆に大きく取ろうか」、「7畳+DEN3畳+リビングを12畳以上で」などの提案や条件を出して、出てきたもののなかでいろいろディスカッションし、試行錯誤するのである。こういう作業をしているときが、実は大変楽しいのである。

 

現場を知る「賃貸経営を知るもの」が基本的な企画を立案し、それに従って「優秀な設計士」が実施設計に入る。話し合いを重ねながらより良いプランに仕上げていく。そして、実際の建物を作るプロである「建築会社」が企画の意図を理解しながら、しっかり良い現物(建物)を作る。この3者がうまく機能することが大事だ。こういう作業工程と役割分担がオーナーにとって一番良いのではないだろうか。

(筆:藤澤雅義/全国賃貸住宅新聞2015.12.14 掲載)


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