入居者の喫煙を止めさせてとクレームが来たら?
集合住宅では珍しくない入居者間のタバコのトラブル。換気扇やベランダから立ち上る煙や臭いが他の入居者の鼻を衝き、受動喫煙への危機意識も合わさることで、解決の難しいクレームとなって管理会社を悩ませています。
今回、賃貸管理会社に寄せられた訴えは、「1階入居者のタバコ臭が2階の部屋まで入ってくるので止めさせてほしい」というもの。換気扇から漏れた煙が、タバコ臭となって2階に住む入居者の部屋へと達しているようです。
物件に禁煙の特約はなく、問題の1階入居者は室内で喫煙しているとのこと。明確な過失は見当たりません。そんな1階入居者に対し、果たして管理会社はどのように問題解決を図ればいいのでしょうか?
【相談ダイジェスト】
- 2階入居者は1階のタバコ臭が室内に入ってくるので対応してほしいと訴えている
- 1階入居者は室内で喫煙。物件も禁煙ではないため、どうすればいいのかと相談
- 数年前にも1階入居者のタバコ臭で同じトラブルがあり、全戸に通知文を配布した
- 今年になりトラブルが再発。1階入居者に対してどのように注意すればいい?
専門家の回答
無理強いは不可。できるとしたら喫煙方法について相談する程度
まず結論から言いますと、管理会社として喫煙を止めてもらうような「強制力」を持った介入はできません。あくまで相談する形で、「吸う場所を変えてもらう」「喫煙の頻度や時間帯を調整してもらう」といったお願いをするしかないでしょう。
なぜなら、1階入居者は今回のトラブルで何ひとつ契約に違反していないからです。当たり前ですが、喫煙は個人の自由です。冒頭でも述べた通り、賃貸契約には禁煙の特約もありませんし、玄関前や廊下といった共用部ではなく「室内」で喫っていることを考えると、1階入居者は外に煙が漏れないよう充分に配慮しているとも言えます。
では、クレームを入れた2階入居者の「被害内容」に着目した場合、どうでしょう。
室内に流れ込んだタバコ臭が、いわゆる「受忍限度」(社会生活を営む上で我慢するべき程度)を超えているという点で争うこともできます。とはいえ、感じ方には主観が混ざるうえ、実際にタバコ臭を測定をして受忍限度を超えていると証明するのは難しいことです。
仮に、たび重なるタバコ臭で2階入居者が健康被害を訴えている場合でも、タバコ臭との因果関係を証明するのが困難なため、こちらも決め手に欠けます。
つまり、1階入居者の喫煙は契約違反には当たらず、2階入居者のクレームの正当性を裏付けることも難しい以上、1階入居者に管理会社の要望を押し付けるのは無理な話となるのです。むしろ、1階入居者との話がこじれて火に油を注ぐ事態になりかねません。
ですから、管理会社としてはあくまでお願いベースで、1階入居者に「喫う場所を変えてもらう」「時間帯や頻度を調整してもらう」といった相談をし、これ以上のトラブルに発展しないような対策を講じるしかないでしょう。
不法行為の判例あり。ベランダ喫煙なら一歩踏み込んだ交渉も
さて、今回の相談では1階入居者の責任を問うことは難しいことがわかりました。しかし、入居者が室内ではなくベランダで喫煙し、煙やタバコ臭で他の入居者に迷惑をかけているなら、もう一歩踏み込んだ交渉もできるかもしれません。
というのも、近隣住民に配慮がないとして、ベランダ喫煙が「不法行為」として認められた判例があるからです。
それは、平成24(2012)年12月13日の名古屋地裁判決。マンションの住人によるベランダ喫煙を違法として、原告側の受動喫煙被害を認定したものでした。
判決文では「自己の所有建物内であっても、いかなる行為も許されるというものではなく、当該行為が、第三者に著しい不利益を及ぼす場合には、制限が加えられることがあるのはやむを得ない」としたうえで、
「他の居住者に著しい不利益を与えていることを知りながら、喫煙を継続し、何らこれらを防止する措置をとらない場合には、喫煙が不法行為を構成することがあり得る」と、被害を受けた住人への損害賠償を認めています。
この判決で違法性が問われたのは、被告が周囲に不利益を与えていると知りながら約4カ月間も問題行為を続けたことと、ベランダでの喫煙量が少ないとはいえない量(平日午前中に5~6本、休日等はこれを大きく上回る数)だったことでした。
この裁判の舞台はマンションですが、賃貸物件についても適用できる判例でしょう。ベランダ喫煙によるトラブルの場合は、こうした判例を盾に交渉を進めれば解決の近道になるかもしれません。
ただし、ベランダ喫煙は必ずしも違法となるわけではありませんので注意が必要です。
たとえば、平成26(2014)年4月22日の東京地裁判決では、
「喫煙はベランダという外気に晒される解放空間で行われたもので、住人の喫煙行為(一日数本程度)は他の近隣住人の社会生活上の受忍限度内といえる」として損害賠償請求を否認しています。
さらに、前述した名古屋地裁の判決でも、裁判所は原告側の健康被害を認めず、150万円の損害賠償請求に対して、認めたのは精神的損害への慰謝料5万円のみでした。
こうした判例を踏まえ、「ベランダ喫煙=不法行為」とは決して言えない点に留意しつつ、あくまで交渉材料の一つとして判例を活用するのが無難だと言えます。
物件の禁煙化や分煙化でトラブルを未然に防ぐ
ひとたび起きると解決の難しいタバコのトラブル。問題をそもそも起こさないようにするには、契約時に全面禁煙の特約を設けるのも一手です。事前に禁煙を取り決めておけば、非喫煙者のみの入居付けが可能となり、入居者間のタバコトラブルを未然に防ぐことができます。
ただし、物件を全面禁煙とした場合、今後は喫煙者が入居してくれないというリーシング面での不利に繋がる恐れがありますので慎重に検討すべきでしょう。もし判断に迷うようでしたら、物件の特性や地域性で決めてもいいかもしれません。
たとえば、単身世帯が多い地域や喫煙者が多く入居する物件なら、禁煙化は入居者の反感を買うばかりか空室を増やすことになりかねません。
一方、高所得者やファミリー層をターゲットにした物件なら、トラブルの芽を摘むだけでなく、禁煙化がかえってブランディングとなり、物件の付加価値や賃料UPに繋がる可能性もあります。そのように物件がターゲットとする入居者層や地域性を考慮して、禁煙化の是非を考えてみてもいいでしょう。
また、禁煙化が難しい場合は分煙化を検討してみてください。例えば、敷地内に喫煙所や喫煙スペースを設ければ、喫煙者の入居付けに効果を発揮するかもしれません。非喫煙者も、喫う場所が事前に決められていれば、多少タバコの臭いがしても我慢してもらいやすいでしょう。吸い殻をどう処分するかという課題が残りますが、こまめな管理が可能なら、喫煙場所を新設してもいいかもしれません。
さらに、物件の階数で分煙を図るのも面白い試みでしょう。煙は上へ昇るものですので、下の階を禁煙、上階を喫煙として住み分けを行ない、契約時にもその旨を説明しておけば、入居者間の理解も深まりトラブルは起きにくくなるはずです。
トラブル前の対策が肝心
近年、タバコへの風当たりはますます強くなっています。2020年4月1日から施行された改正健康増進法(別名:受動喫煙防止法)では、受動喫煙を防止するための規制が強化され、学校や病院などの敷地内が原則禁煙となりました。住居については、ベランダや室内での喫煙自体は禁止されていないものの、「喫煙を行う場合は周囲の状況に配慮」するよう求めています。
このように、受動喫煙防止の取り組みは強化傾向にあります。賃貸住宅のベランダや室内での喫煙についても、トラブル事例が多く報告されている以上、今後は周囲への配慮がない場合には認められないといった何かしらの規制がかかる可能性があるかもしれません。
とはいえ、現時点では未だ解決の難しいタバコのトラブル。振り返れば、タバコがうるさく言われるようになったのはここ数十年の時代の移り変わりによるものです。煙や臭いがどの程度までなら受忍限度となるのか、誰にも定義できません。
判断の線引きが曖昧である以上、管理会社としては入居者の喫煙を尊重しつつ、他の入居者とどのように折り合いをつけていけばいいか、あらかじめ備えておくことが大切です。禁煙にしろ分煙にしろ、トラブルが起きる前に有効な対策を講じておきましょう。
※この事例は2020年3月のものです。ご紹介した考え方は一例であり、トラブル解決のプロセスは案件ごとに異なる旨、ご承知おきください。