「相談デスク」
このコーナーはベーシックサポート会員様から実際に当社へご相談いただいた内容を、解決策の一例として公開していく企画です。
入居者からの賃料交渉、下げなきゃならない? どこまで受けるべき?
まもなく始まる繁忙期!
1月~3月は、管理会社が一年でいちばん募集広告を出稿する時期です。
また同時に、再契約・更新等の作業がいちばん増える時期でもありますね。本当に目の回るような忙しさです。
しかし残念なことに、そんなときにこそ増えてしまう「厄介なこと」も存在します。
「隣の部屋の募集を見ました。私の部屋より5,000円も安いんですが、私の部屋の家賃は下がらないんですか? その結果をもとに更新するかしないか決めようと思ってるんですが…」
そう、賃料値下げの要求です。
相談ダイジェスト
- 5年前に入居した借主から、隣の同じ間取りの部屋が安く募集されているのを見たとの連絡があった。
- 隣室をこのような賃料で募集しているのなら、自分の部屋の賃料も同じ程度まで下げて欲しいとの要望。
- このような要望には応えなければならない?
- 応じる必要がある場合、減額の基準はどう考えればいい?
専門家の回答
隣の部屋が安く募集されているというだけの理由なら、減額要望に応じる法的義務なし。ただし賃料相場の変動には注意。
実務に関わる方や宅建の勉強をした方はご存じかと思いますが、借主には借地借家法32条によって「賃料減額請求権」が認められています。
しかし、この賃料減額請求はどんな場合も適用されるわけではなく、一定の要件を満たしていなければ認められません。
その要件は、
土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったとき
(借地借家法第32条1項 借賃増減請求権)
と、定義されています。
つまり、土地や建物に対する租税の負担の変動や、土地や建物の価格の変動、近隣の家賃相場との比較によって、現在の賃料が客観的に「不相当」といえる状態のときに初めて認められるのです。
言い換えれば、このような状態が認められない限り、貸主に賃料減額請求を受け入れる法的義務はないことになります。
さて、問題は今回のケースのような「隣の部屋との比較」が先ほどの要件を満たすかどうかです。
結論から言うと、「隣の部屋が自分の部屋より安く募集されている」という理由だけでは、「近隣の家賃相場が変動して、今の賃料が不相当になっている」とは言えません。
隣の部屋は、もしかしたら何らかの事情――たとえば、今月中にどうしても満室にしたいという希望がある――によって、「相場の家賃よりも安い金額」で募集をしているのかもしれず、この場合は家主に値下げを受け入れる法的義務はないことになるからです。
あくまで、比較は周辺の類似物件の賃料相場となります。
ですので、もしこの「事情」が
「5年前は10万円で貸せたが、今年は決まらない。周りの競合物件も9万5000円で出してきている。うちも合わせよう」
というものであったら、これは「賃料相場が変動した」という理由での隣の部屋の金額設定ですので、家主には減額請求を受け入れる法的義務が発生します。賃料交渉に応じることを検討するべき状態といえるでしょう。
なお、減額する幅については、訴訟とならない限り、当事者同士が再び合意できる額であれば問題ありません。
訴訟等になった場合には、状況から「相当」と思われる額に減額されます。
つまり、借主が「相場家賃が10万円から9万円に下がっている。私の部屋も9万円にしてほしい」と要求したとしても、調査の結果として相場家賃が9万5,000円であったなら、1万円の値下げは過剰な値下げ請求であり、減額は「相当」と思われる5,000円分に留まるというわけです。
交渉では「拒否」「受諾」「代替案の提案」のカードを上手に切る
賃料減額の要求があった際、貸主側のカードは「拒否」「受諾」「代替案の提案」の3つです。
相場家賃が下がれば減額請求を飲まなければならないといっても、相当に長期の入居者でない限り、家賃相場と現在の賃料とが大きく乖離することは滅多にありません。また、入居者の中には事ある毎に減額請求をされる方がいらっしゃいますが、そういう方は「とりあえず交渉しておこう」程度の本気度のことがほとんどで、そもそも「ダメ元」のつもりでいます。
よって、減額要求時に最も多く切ることになるカードは、おそらく「拒否」となるでしょう。
ただし、拒否のカードは解約された時のリスク(再募集にかかる費用や空室期間、再募集時の賃料設定)などを考慮しながら、慎重に切ってください。
次に値下げを受諾するケースですが、先ほど述べたように、これは長期入居者に対して多く切ることになるカードだと思います。
日本の賃料は築年数の経過とともに下がる傾向にあり、一般的な下落率は年1%程度といわれます。(東京23区内などの都市部はもう少し低い数字になりますね)
入居期間が長い方は、契約当時の賃料のまま更新され続け、相場より割高になっていることが少なくありません。
こうした方から減額請求があった際は、ある程度の減額はやむを得ないと考え、「受諾」をベースに交渉することが望ましいと思われます。
理由は、
- 請求に応じず退去されれば、結局は減額した賃料で募集することになる
- 募集をすれば空室損失や広告料、原状回復費などで余計に費用がかかる
以上の2つです。
請求を拒否してもそのまま住んでいただける場合がありますが、他より賃料が大幅に高いことを知りながら長く住み続ける方は稀です。
建物内の平均的な賃料に合わせる程度で減額に応じるのが無難な落としどころではないでしょうか。
最後に「代替案の提案」ですが、これは交渉がうまくいけば、家賃を下げないまま更なる長期入居も期待できるカードです。
たとえば、家賃減額をしない(受諾しない)代わりに、老朽化した設備の交換や畳の表替え、水周りのクリーニング等を提案するのです。
家賃は下げられなかったにしても、入居者としてはエアコンが新品になったり、お風呂場やキッチンがピカピカになったりするわけですから、悪くない提案です。
これらによって入居が続き、あまつさえ「もう1回更新してくれる」なら、多少の出費はあっても優れた再投資といえるでしょう。
減額する妥当な額が3000円の場合は2年間で72,000円、5000円なら2年間で120,000円の家賃収入減となるわけですから、仮に5万円の代替案によって退去と減額を解決できるとしたら大成功ではないでしょうか。
履歴は重要なデータ。交渉の際は必ず記録を。
入居者との賃料交渉を上手にこなすコツは「履歴」を残すことです。
面倒ではありますが、「どの入居者から」「いつ」「いくら」「どのような理由で」交渉が入ったかを分かるようにしておきましょう。
先ほども述べた通り、入居者の中には、頻繁に減額請求をする方がいらっしゃいます。
こうした「ダメ元でも毎回交渉する入居者」は、履歴をとっているとすぐに発見できます。その人の本気度や特性を把握して、交渉をスムーズに進めましょう。
また、このような方の減額請求を毎回拒否するするにしても、拒否の理由に一貫性がないと先方も納得しません。
将来(次の交渉)のためにも、「結論とその理由」まできちんと残しておきましょう。
賃料が高いと感じていても何も言わずに退去してしまう方が大半の中、私たちに「賃料減額請求」という形でシグナルを発信してくれることは、退去防止の観点からすれば悪いことではありません。
交渉が入った際は状況を冷静に判断し、物件の価値を守るための最良の選択を考えてみましょう。
※この事例は2013年9月のものです。ご紹介した考え方は一例であり、トラブル解決のプロセスは案件ごとに異なる旨、ご承知おきください。