普通借家契約の呪縛。問題入居者をどう退去させる?
どれだけ審査に気を配っていても現れる「問題入居者」。オーナーを苦しめ、ほかの入居者にも迷惑をかける厄介者に、やがて契約更新の書類を送らなければならないと考えると、ちょっと堪らない気持ちになりますよね。
本当は契約更新などせず、そのままサヨナラしたいのが人情というもの。今回寄せられた相談も、二人の問題入居者の更新(普通借家契約)をどうかに拒否できないかというお悩みでした。
【相談ダイジェスト】
- 管理物件に退去させたい入居者(普通借家契約)が二人いる
- 入居者Aはお部屋を「風俗系店舗として利用している」というタレコミがあるが、本人が否定している
- 入居者Bは他入居者に難癖をつけたり監視したりと「迷惑行為」を繰り返しており、複数の他入居者が怖がって退去に至っている
- 賃貸借契約を更新せず退去させたいが、どうすればいいのかと相談
専門家の回答
腹立たしい問題入居者。それでもゴールは「合意解約」
どちらも厄介な入居者ですね。
しかし、トラブルを起こす問題入居者に対して怒りに任せた対処は禁物。特に「更新拒絶」は、実現難易度の高さを考えると、安易には採用できない選択肢です。
というのも、普通借家契約では、貸主側からの「更新拒絶」を押し通すことが難しいからです。
そもそも普通借家契約は、借地借家法に定められた借主保護の思想がベース。
「前提として賃貸借契約は更新されるもの」というスタンスであるため、仮に契約期間が終わるまでに貸主・借主間での更新手続きが行われなかったとしても、契約は自動的に「法定更新」という更新処理が行われてしまいます。
加えて、この更新というシステム、拒絶もそう易々とはさせてくれません。
特に貸主側から拒絶する場合には、厳しい要件が課された「正当な事由」が求められます。よほど借主側に問題がない限り、更新は拒絶できないものなのです。
さらに言えば、そうして貸主が更新を拒絶し、そのまま手続きが滞ってしまった場合にも、トラブル期間中の借主の住居を確保するべく、先述の「法定更新」が適用されます。
法定更新は「従前の契約と同一の条件」で更新をしてくれるものの、非常に厄介なことに「契約期間」についてだけは「定めがないもの」に変更してしまいます。
つまり、法定更新がかかってしまうと、「借主は契約期間がない=いつまでも居座ることができる」契約に守られることになってしまうのです。
ということは…、更新拒絶がなかなかリスキーな選択肢であると分かりますね?
退去させたい入居者の契約更新に「拒絶」をしてはみたものの、借主の反発によって事態が長期化して契約は「法定更新」。
加えてこちらの拒絶理由は「正当事由」と見なされず敗訴、訴訟費用も無駄にしたうえに、いつまでも出ていかない問題入居者を退去させるために泣く泣く立退料も支払うことになり…
…そんな最悪のケースもないわけではないのです。
そのため、管理会社としては相手が問題入居者の場合、更新拒絶よりも、まずは合意解約に導くのがベストではないでしょうか。
更新拒絶はひとまず脇に置き、合意解約を目指してお願いベースの退去交渉を進めるのです。
その際、大切なのはこちらの本気度を伝えること。できるだけ対面での説得を重視し、解約書類への署名捺印をその場でいただいて手続きを確定できるようにしたいものです。
入居者A:明らかな契約違反の場合
とはいえ、今回の2つの相談のうち、特に入居者Aの場合は「更新拒絶」という選択肢もとれなくはないケースです。
Aは否定しているようですが、もし本当に賃貸住宅を風俗系店舗として使っているのだとしたら、これは明らかな契約違反といえます。更新拒絶の正当事由としても認められる可能性が高いでしょう。
しかしながら、現状では本人が否定していますので、裁判にもつれ込む可能性も十分にあります。問題の長期化を避けたい場合には、やはり合意解約を目指すのが妥当です。
仮に裁判になった際にも証拠として使えますので、防犯カメラを設置する・物件近くに張り込む・証人を探すなどで証拠を押さえ、解約の交渉に臨みましょう。
証拠が押さえられれば、お願いベースと言わず、強気の態度で退去を要請しても問題ないでしょう(※相手が暴力団等の場合は専門機関に相談を)。
ちなみに、裁判になった場合の損害賠償はあまり期待できません。
費用負担のほうが大きくなるかもしれませんが、今後の賃貸経営を考えれば、一時の痛みと割り切って対処したほうがのちのちのためになるはずです。
入居者B:迷惑系入居者の場合
一方、対処が難しいのは迷惑系の入居者Bです。
上述の入居者Aと同様に、迷惑行為の証拠を押さえて退去をお願いすることになりますが、明確な契約違反を犯しているわけではないので退去を迫るのは簡単ではありません。
特に裁判にまでもつれこんだ際は、正当事由として、入居者Bの迷惑行為によって他入居者の退去が起きていることの因果関係の証明が求められます。
管理会社としては、「退去した他入居者の解約理由をしっかりと押さえておく」「共用部に監視カメラを設置してトラブルのもようを記録する」といった対策を講じ、着々と証拠集めを進めていきましょう。
そして入居者Aと同様、迷惑行為による損害賠償も大した額は期待できません。しかし、問題入居者が居座れば今後も賃貸トラブルは続き、空室損は増えていく一方です。裁判で退去させられるだけでも御の字といえるでしょう。
身銭を切る覚悟で交渉材料を提示する
とはいえ、裁判を避けられるなら、それに越したことはありません。また、特にBのようなケースは、決定打がなかなか作れず問題が長期化しがちです。
そこで、問題入居者が退去を渋る場合は「転居をサポートする」と申し出るのも一手です。
募集物件の資料を送付するのもいいですし、退去を受け入れてもらえるなら敷金を全額返金したり、退去までに必要な家賃数ヶ月分をゼロにしたり、引っ越し費用を負担したりと、金銭的な交渉材料を提示できれば交渉はよりスムーズにまとまるでしょう。
もちろん、オーナーには身銭を切ってもらう必要がありますが、問題入居者がいることで被る損失を考えれば必要経費といえます。
オーナーの承諾を得たうえで、交渉材料を上手に提示して早期決着を図りたいものです。
ところで、転居をサポートするにしても、「部屋探しのサポートは間接的に」というスタンスでいくべきでしょう。
少々無責任な話ですが、しかし「問題入居者をお世話になっているオーナー/仲介会社に紹介する」というのも難しい話です。このあたりは「上手」に立ちまわりましょう。
今後に備えて「定期借家契約」の運用も。
こうした問題入居者のトラブルに備えて、「定期借家契約」を運用できる社内体制を整えてみるのもおすすめです。
定期借家契約なら、普通借家契約と違って「更新」という概念がないので、当初の契約期間が終われば契約そのものが確定的に終了することになります。
そのため、法定更新のリスクが減り、問題入居者によってお部屋が合法的に占有される事態を避けることができます(もちろん、物理的に居座られたら訴訟⇒明け渡しの強制執行です)。
普通借家契約の代替手段として運用するには、定期借家契約は「再契約型」になります。
当初の契約期間が満了しても再度契約を結び直すことを前提とした定期借家契約であり、普通借家契約と同様の使い方ができるため、借主にも抵抗なく受け入れてもらえるでしょう。
なお、再契約型定期借家契約の運用/導入に不安がある場合には、弊社にご相談いただいても結構です。
弊社の兄弟会社アートアベニューが、まさにこの再契約型定期借家契約を全面的に採用していますので、実務ベースのアドバイスができるかと思います。
普通借家契約よりもスムーズに問題入居者に対処できる定期借家契約。
まずは「お部屋を貸すのに一抹の不安が残る」というケースから少しずつ運用を試してみてもいいかもしれませんね。
※この事例は2021年2月のものです。ご紹介した考え方は一例であり、トラブル解決のプロセスは案件ごとに異なる旨、ご承知おきください。