聞こえてしまうと悩ましい「低周波騒音」への対応策
耳慣れないトラブル、対応しづらいのが実情
騒音というと、近隣から鳴り響く大きな音・衝撃音を思い浮かべがちですよね。しかし世の中には、一見すると静かな場所でも、「ズーン」「ブンブン」などの耳障りな低音が鳴り止まない「低周波騒音」という別の騒音被害が存在します。
環境省によると、低周波音とは1~100Hz(ヘルツ)の音を指します。人間の耳で聞くことのできる音はおおむね20Hz以上となりますから、多くの低周波音が耳に届いていることになりますが、厄介なのは多くの人にとって低周波音は「聞こえない」「感じない」音であること。そのため、一部の人が低周波騒音を訴えても、耳慣れないトラブルだけに対応しづらいのが実情です。
ところが近年、低周波による苦情件数は増加傾向にあります。環境省の調べでは、1997(平成9)年度に34件だった苦情数は、二十年後の2017(平成29)年度には269件と約7.9倍に跳ね上がっています。
今回の相談のように、もし入居者から低周波による被害を訴えられたとき、われわれ管理会社は一体どのような対応を取ればいいのでしょうか。
【相談ダイジェスト】
- アパートの中部屋に住む入居者から「低周波で眠れない」とクレーム
- 問題を解決して長期入居につなげたいが対応方法が分からないと相談
- 入居者にどのようなアドバイスをすればいいのか
- 管理会社として低周波騒音の解決に役立てることはあるのか
専門家の回答
“問題原因”と低周波音の“発生源”を探る
多くの人にとって馴染みの薄い低周波騒音ですが、安心してください。
対応の手順は通常の騒音クレームと大差ありません。
まずは困っている入居者にヒアリングをして、実際に起きている騒音の原因が本当に低周波音によるものかどうか、低周波音が原因なら音の特徴や発生源はどこかなどを確かめることから始めましょう。
主なヒアリング項目は次の3つです。
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【何に困っているのか】
低周波騒音には、圧迫感や不快感などの「心身苦情」だけでなく、振動により建具(窓や戸など)にがたつきや揺れが現れる「物的苦情」も含まれます。入居者が何に困っているのかをまずは聞き取り、問題を把握しましょう。
【どのような音か】
心身苦情の場合、どのような音が聞こえるのかを確認しましょう。たとえ入居者が低周波音を訴えていても、中には「キーン」「ビー」といった高域の音がする場合もあります。周波数を推定する材料になりますので、どのような音かを具体的に確かめましょう。
一方、物的苦情では、がたつきや揺れなどの不具合が特定の家具に見られるのか、あるいは室内の建具全般に見られるのかを確認してください。特定の建具なら低周波音、建具全般なら地盤振動などの可能性が考えられます。
【いつ、どこから聞こえるのか】
音がする時間帯を確認しましょう。問題の原因が、近くの機器や施設が稼働している時間帯と重なる場合、発生源の特定につながるかもしれません。また、聞こえ始めた時期を知ることも原因特定に役立ちます。
また、室内や物件内で音の感じ方の違いを確認してもらうことも重要です。原因が低周波音であれば、音の大小で発生源との位置関係をつかめるかもしれないからです。
もし低周波音の発生源が屋内か屋外か分からない場合は、騒音がする際の窓の開閉状況をヒントにしてみてください。
発生源が外にあるなら、低周波音は環境騒音によって紛れてしまいますので、窓を開けた方が低周波騒音は改善され、逆に窓を閉め切ると、環境騒音を抑えられるぶん低周波音の不快感は強まることになります。
環境省『よくわかる低周波』の活用も便利
こうしたヒアリングだけでなく、環境省発行の『よくわかる低周波』(2019年3月)にあるチェックシートを用いて、入居者に状況を回答してもらうのもいいでしょう。チェックシートには簡単な判定表も付いていますので、客観的な現状分析に役立つはずです。
(環境省『よくわかる低周波』より引用)
ただし、注意したいのは、入居者が低周波騒音のつもりでも必ずしも低周波音が原因でない場合もあり得るということです。
実際に地方公共団体に寄せられた苦情の中には、原因が耳鳴りや思い込みなど、苦情を訴える本人自身にあったという事例も報告されています。低周波音による被害を疑いつつも、まずは問題原因を決め付けない姿勢が大切です。
また、日本騒音調査(ソーチョー)などの専門機関による現地調査を入居者に勧めるのも一案です。
専門機関なら高周波音から低周波音まで幅広い音を測定できるうえ、結果の解析もしてくれますので問題原因をより明確につかむことができるでしょう。
入居者にお勧めできる対症療法
入居者・管理会社それぞれにできること
対症療法となりますが、ヒアリングに合わせて騒音被害をひとまず緩和させる対策を講じることも重要です。
というのも、低周波騒音の解決にはどうしても時間が掛かってしまいます。少しでも入居者の生活が楽になり、入居期間を延ばすことができるように、ヒアリングと合わせて提案してみるといいでしょう。
対症療法には、入居者にお勧めできること、管理会社にできることの二つがあります。
《入居者にお勧めできること》
【耳栓をしてもらう】
低周波音を抑える効果が見込めるイヤホンやヘッドホンの装着をお勧めしましょう。
中でもノイズキャンセリング機能の付いたヘッドホンは低周波対策でよく使われています。その機能は、周囲の雑音に対して真逆の形(逆相位)の音波を出して相殺させる仕組みですので、低周波音にも効果的なのかもしれません。
【防音材を設置してもらう】
遮音マットなど、お部屋の壁に後付けできる防音材を設置してもらうのも一案です。
防音材には、遮音材や吸音材のほかに制振材などもありますが、複数種類の防音材を組み合わせることで、より大きな効果が期待できるといわれています。
【ゴムマットを敷いてもらう】
敷布団やマットレス、家電製品の下にゴムマットを敷いてもらうという手もあります。
低周波音もつまるところ振動には違いありません。必ず効果があるとは言えませんが、防振対策をするだけで多少の減衰になったり、入居者の気の持ちようが変わってきたりするかもしれません。
《管理会社にできること》
一方、管理会社にできることとして、物件内に空室があるなら入居者に移動を打診してみるのも一つです。移動先は、ほかのお部屋に囲まれた中部屋より角部屋の方がいいでしょう。
低周波音が聞こえているときに内見をしてもらい、問題なければお部屋を移動してもらうようにしましょう。ただし、移動したところで解決するかは分からないことを事前に伝えておくことが必要です。
また、低周波騒音のクレームが炎上したり、ほかの入居者との間で騒音トラブルになってしまった場合は、入居者に引っ越し先の物件を紹介することも考えた方がいいでしょう。
家庭用ヒートポンプ給湯器などが発生源になることも
問題原因が多岐にわたる低周波騒音ですが、もし近隣に家庭用ヒートポンプ給湯器「エコキュート」や、家庭用燃料電池「エネファーム」といった機器が設置されている場合は、それらの機器が騒音元となっている可能性もあるようです。
実際にエコキュートから出る低周波音で健康被害を受けたとして、2011年に前橋地裁高崎支部で機器メーカーなどが訴えられました(2013年に和解成立)。
エコキュートについては『騒音等防止を考えた家庭用ヒートポンプ給湯器の据付けガイドブック』(一般社団法人日本冷凍空調工業会)も出ていますので、近隣で問題のある置き方をしている場合は、ガイドブックに則り設置方法の改善をお願いしてみるのもいいでしょう。
数ある賃貸トラブルの中で、低周波騒音は件数こそ多くはありません。
しかし、低周波音そのものの認知が進んでいないことを考えると、表面化している問題は氷山の一角に過ぎず、本当の被害件数は私たちが考える以上に膨れ上がる恐れがあります。
先にも述べたとおり、低周波音による苦情件数は年々右肩上がりです。仮にも騒音クレームなわけですから、もし入居者が低周波音の被害を訴えたときに「何だかよく分からないから」と放置するのはいただけません。
珍しい問題ではありますが、長く入居してもらえる住環境を整えるためにも管理会社として的確な対応策を用意しておきたいものです。
※この事例は2020年6月のものです。ご紹介した考え方は一例であり、トラブル解決のプロセスは案件ごとに異なる旨、ご承知おきください。
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