お部屋を埋め尽くす大量のごみ、火災の原因にも。
「あぁ、やっときます」と口だけの入居者、苦悩する管理会社
深刻な社会問題となっている「ごみ屋敷」。外からは見えにくい問題だけに、管理会社をはじめとする多くの関係者を悩ませています。
ごみ屋敷の抱えるリスクは危機的です。ごみは腐敗しますので、近隣住民を巻き込んで悪臭被害や害虫被害を発生させたり、生ごみの水分が建物の床や壁まで腐敗させたりと、賃貸経営にとっても最悪の事態を招きかねません。
さらに無視できないのが、火災のリスクです。コンセントに溜まった埃や、古い家電のショートでひとたび火種が生じると、炎が積もり積もった可燃物の山に次々と飛び火してあっという間に大火事に…。
そんな「ごみ屋敷」が、もし管理物件で見つかったら…
想像するだけでも恐ろしい事態が、今回寄せられた管理会社のお悩みでした。
担当者は言います、「うちはごみを早く片付けたいと思っているんです」と。しかし、ごみ屋敷に住む問題入居者(以下、本人)は、いつまで経っても動く気配がないとのこと。管理会社が注意したときはいつも、「あぁ、やっときます」と言うのにです。
…こんなとき、管理会社はどのように対応すればいいのでしょうか。
【相談ダイジェスト】
- 近隣住人の通報で、管理物件の一室がごみ部屋になっていることが発覚
- 問題入居者にごみを片付けさせたいが、「やっときます」と言うばかりで全然動かない
- ごみを撤去するにはどうすればいいかと相談
- ごみの撤去費用をオーナーが負担してくれないときはどうすればいいの?
専門家の回答
問題入居者に寄り添い、解決に向けて話し合う。
賃貸経営にとって多くのリスクを抱えるごみ屋敷(ごみ部屋)問題。
悪臭・害虫被害による近隣入居者の退去リスクや、火災リスクを考えると、管理会社としては早急にごみを撤去したいものです。
しかし、ごみの問題で焦りは禁物。片付けるだけだからと実力行使したい気持ちは分かりますが、事はそう簡単ではありません。もどかしさを感じつつも、実際には巡回点検を兼ねた訪問と、本人に寄り添う丁寧な話し合いが問題解決の一番の近道となります。
というのも、常軌を逸した量のごみを溜め続けた問題入居者です。管理会社が注意したくらいでは恐らく何も変わらないでしょう。それに、ごみを溜め込む行動には、単なる自己責任では片付けられない事情があるかもしれません。
そのヒントとして、ごみ屋敷とよく関連付けられる言葉に「セルフ・ネグレクト」(自己放棄)があります。社会的弱者(幼児、高齢者など)のお世話を放棄することをネグレクトと言いますが、それを自分自身に向けるわけです。
「ごみ屋敷」問題の研究では、ごみ屋敷はセルフ・ネグレクトの一種とも言われています。そのため、ごみ屋敷に住む入居者を理解し、問題解決を図るには、セルフ・ネグレクトが起きる要因を知ることが助けになると言えるでしょう。
内閣府の調査によると、セルフ・ネグレクトの要因として次のものが挙げられています。
《セルフ・ネグレクトの要因》
※出典:内閣府 経済社会総合研究所「セルフ・ネグレクト状態にある高齢者に関する調査-幸福度の視点から」(2010年) |
表のように、個人がセルフ・ネグレクトに至るには、もともとの性格や生活スタイルに加え、病気やケガ、貧困、配偶者の死別・離婚といったライフイベントなど、さまざまな要因が関係しています。
さらに、「ごみ屋敷」問題の当事者は、認知症や身体症状を抱えやすい高齢者ばかりとは限りません。実際は働き盛りの男性もいれば、20代の女性もいます。老若男女を問わず、幅広い世代の入居者がごみ屋敷を生む恐れがあると言えます。
そこにはもちろん、本人を取り巻く社会環境も影響しているでしょう。コロナ禍による生活苦、単身世帯と生涯未婚率の増加、家族や地域から孤立して生きる「無縁社会」の広がりなど、自己責任では片付けられない事情もあるのです。
もしかしたら今回のケースも、本人には気の毒な出来事があったのかもしれません。
そうした事情に目を向けないまま、「いつまで経っても片付けないから」と本人を責めてばかりいても事態はなかなか好転しないものです。ですから、まずは本人に寄り添い、問題解決に向けて粘り強く対話を重ねていきましょう。
ごみを撤去しようにも法的根拠は薄い
とはいえ、早くごみを撤去してほしいという管理会社の思いももっともです。
ただし、ご存じのとおり、管理会社が無理やりごみを撤去すると、かえって所有権侵害による不法行為を問われてしまいます。残念ながら実力行使を保障するには、現行法(廃棄物処理法、消防法、道路交通法など)では法的根拠が弱いと言わざるを得ません。
事実、日本都市センターが2018年に実施した、全国自治体へのアンケート調査では、ごみ屋敷を中心とする「住居荒廃」問題の、法的な対応に関する課題として、第1位に「法的根拠がない」を挙げているほど。
もちろん、こちらが貸主側であり、借主である本人が貸主の所有物を汚損したり、ほかの入居者を火災のリスクに晒したりしている以上、行政よりは強く出られる立場にあるでしょう。
しかし、だからといって清掃の名目で勝手にお部屋に入ったり、ごみを捨てたりすれば、逆にこちら側が不法侵入や損害賠償の責任を問われかねません。自力救済は認められることはありませんので、あくまで地道に本人と対話をしていくしかないのです。
「住居荒廃」問題に取り組むうえでの課題(日本都市センター) 《法的な対応についての課題》
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本人を「責めない&急かさない」
では、管理会社はごみ屋敷に住む本人にどのようなアプローチをすればいいのでしょうか。
まず大切なのは、ごみを溜めてしまった本人を責めない、そして急かさない姿勢です。家賃滞納などの問題行動がない限り、ごみをただ片付けてもらえればいいわけです。それを無闇に責めてしまえば、本人との関係がこじれ、まとまる話もまとまらなくなってしまいます。
そこで話し合いをする際は、例えば「ほかの部屋の入居者が異臭で困っていて」「ごみに虫が集まってくるせいで、ほかの入居者からクレームが来てしまって」などと、管理会社も困っている立場であることを伝えるといいでしょう。
《怒った管理会社が本人に注意する》という対立構造を避けられますので、比較的穏やかに話し合いを進められます。
合わせて「決して本人に出ていってほしいわけではない」ことを伝えるのも、寄り添う姿勢を伝える良いメッセージになるかもしれません。
そのうえで、ごみの撤去に向けて「何とかご協力いただけないでしょうか」「まずはこの場所だけでも片付けてもらえますか」とお願いベースで交渉します。
本人がごみの撤去に前向きになってくれたら、次に「どのくらいでできそうですか?」と問いかけましょう。撤去を成功させるには期限を設けることが重要です。本人をあまり急かさないよう、2週間から1ヶ月程度の期間を提案してみてください。
また、期限設定に合わせて、専門業者の電話番号を教えたり、本人負担で管理会社が業者手配する旨を申し出るのも一案です。
約束が破られることを前提に対話を続ける
一度の約束で片付けてくれれば御の字ですが、現実はそう簡単ではありません。期日になってお部屋を訪問した際、もし約束を破っていても「責めない」姿勢が大切です。本人には「どうしました?」「何かありましたか?」と質問してみてください。
事情を聞いた後は、再び片付けの期限を相談し、改めて撤去を約束してもらいます。
その際、2回目の約束になりますので「オーナーから急かされて困っている」「オーナーに一筆もらってこい言われてしまった」と伝え、覚書に署名をしてもらいましょう。
覚書には、2度目の期日までにごみを撤去しなかった場合、「管理会社が専門業者を手配して室内を片付けることを承諾する」「費用は入居者負担とし、異議申し立てはしない」旨を盛り込みます。
また、実際にはできませんが、本人に「次の更新はしない」(定期借家契約なら、再契約しない)と伝えるのも、行動を引き起こすきっかけになるかもしれません。
そのように、本人と約束をする際は、約束が果たされないことを念頭に置き、時間はかかってもごみの撤去が確実にできるよう、一つひとつ手順を踏むことが大切です。
解決を急いでしまって本人との関係が悪くなると、撤去を嫌がったり、再びごみを溜め込んだりする恐れがあります。そうならないよう一貫して本人の言い分に耳を傾け、少しずつ事態の改善を目指していきましょう。
問題入居者に渡す覚書の一例
管理会社としてのリスクマネジメントも確実に
ところで、本人にごみの撤去費用を支払う資力がない場合、管理会社はオーナーに費用負担を勧める場合があります。
しかし、オーナーによっては「入居者の出したごみを片付けるのに、どうして俺が金を出さなきゃいけないんだ」と提案を断ることも。ごみのリスクに対するオーナーの認識不足があるのかもしれません。
とはいえ、「ごみ屋敷」問題は、オーナーの賃貸経営にダメージを与え、さらには入居者や近隣住人の生命を左右しかねない大きなリスクを抱えた状況です。
管理会社としては、「早期撤去の必要性」「火災のリスクがあること」などをオーナーにはっきりと伝え、賃貸経営における最善の行動を提案していきましょう。
その際、“提案した”という事実が残るようにメール等でやり取りすることが大切です。万が一火災などが起こったとき、管理会社が問題解決に向けて取り組んだ証拠が残っていないと、オーナーともども管理責任を問われかねません。
逆に問題解決の必要性をオーナーに訴えていたことが客観的に証明できれば、少なくとも管理会社としては責任を果たしていたと言えます。
企業のリスクマネジメントとして、しっかりと証拠だけは残しておきたいものです。
※この事例は2021年10月のものです。ご紹介した考え方は一例であり、トラブル解決のプロセスは案件ごとに異なる旨、ご承知おきください。
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