殺人罪で入居者逮捕、心理的瑕疵として告知すべき?
殺人容疑で逮捕者、同じタイミングで入居申し込み
賃貸管理会社を悩ませる「心理的瑕疵」の告知判断。
今回、賃貸管理会社から寄せられた相談は、「殺人罪で入居者が逮捕されてしまったのだが、同時期に入居申込をした方には告知するべきでしょうか」というものでした。
逮捕されたばかりで詳細はわからないものの、幸い事件自体は物件内ではなく別の場所で起きたそうです。しかし、管理会社やオーナーとしては、申込者が入居した後で事件を知り、「知っていたら入居しなかった」とトラブルになるのを心配しているとのこと。
さて、こんなとき管理会社は告知した方がいいのでしょうか。
【相談ダイジェスト】
- 最近、管理物件の入居者が殺人事件を起こして逮捕された
- 同じ物件の入居申込者にそのことを告知すべきかと相談
- 告知しなかった場合、管理会社やオーナーにリスクはあるのか?
- どのような場合に告知しなければならないのか?
専門家の回答
無闇な告知はNG。個人情報・風評被害に気をつける
現場管理の担当者なら、自分の担当物件で入居者が逮捕されたと聞くとなかなかの衝撃ですよね。
それも殺人のような凶悪犯罪となると、たとえ事件が別の場所で起きたとしても、逮捕者が住んでいるというだけで物件の印象も違って見えてきます。申込者が入居後に知ってトラブルになったら…、と心配になるのも分かる話です。
しかし、結論を言うと、今回のケースでは告知の必要はありません。
むしろ、告知をすることで管理会社やオーナーが不利益を被る可能性もあります。
というのも、殺人の容疑で逮捕されたとはいえ、「逮捕されただけ」なら当人はまだ「無罪の可能性」がある状態。有罪判決が確定するまでは「犯人の疑いがある一般人」に過ぎないからです。
そんな逮捕者の情報をうっかり第三者に伝えてしまえば、個人情報の漏えいや、当人に対する名誉棄損などを問われる事態にもなりかねません。逮捕された本人や、その同居家族などとトラブルになったり、訴えられたりする可能性もゼロではないのです。
加えて、良かれと思って告知したことが、かえって「犯罪者が住む物件」という風評被害につながってしまう恐れもあります。ネットを介して膨大な情報がやり取りされる現代、情報の発信には細心の注意を払うべきです。
したがって現時点では、最終的に「無罪」や「不起訴」になる可能性もある以上、早まった行動はお勧めできません。入居者逮捕の知らせに慌てず、入居申込の対応は別物として粛々と進めていきましょう。
事実を知った入居者とトラブルになったら
一方、事件のことを告知しなかったとして、後々「知っていたら入居しなかった」とクレームに発展した場合はどう対応すればいいでしょうか。
その場合もやはり、「申し込み時点では判決が出ていなかった」「逮捕者の個人情報を守る必要があり、告知できなかった」旨を伝え、入居者に納得してもらえるよう交渉していきます。
交渉材料として、国土交通省が2021年10月に発表した「人の死に関する心理的瑕疵ガイドライン」(宅地建物取引業者による人の死に関する心理的瑕疵の取扱いに関するガイドライン)を引き合いに出してもいいでしょう。
ガイドラインを踏まえ、入居者には、
- 殺人事件が物件内で起きたのであれば心理的瑕疵として告知義務が発生するが、今回、事件は別の場所で起こっているので告知する必要がなかったこと
を伝え、さらには、
- 逮捕者が住んでいただけでは心理的瑕疵といえず、告知義務のある情報でもないこと
を挙げて、告知すべき内容ではなかったことを伝えましょう。入居者心情は分かりますが、貸主側として落ち度があるわけではありませんので堂々と対応してください。
とはいえ、一番いいのはこうしたトラブルに発展させないことです。
今回のように、どのような事件なのか分からない状況であるなら、詳細が分かるまでいったん募集をストップしたり、審査期間を引き延ばしたりして様子を見るのも戦略のひとつでしょう。
オーナーと相談して、事件性や周知性が明らかになってから告知の判断をしてもいいかもしれません。
人の死が関わる事案で告知がいる場合・いらない場合
1.死因による線引き
では、賃貸借契約において、どのような場合に告知が必要で、どのような場合ならいらないのでしょうか。上で紹介した「人の死に関する心理的瑕疵ガイドライン」をもとに、人の死が関わる事件・事故の告知判断の線引きについて説明していきます。
まず、死因別に見ると、居住用不動産で「他殺・自殺・事故死(日常生活で生じた不慮の死以外)・原因が明らかでない死」が起きた場合、告知が必要となります。
逆に、「自然死(病死や、事故・他殺・自殺にはよらない死)・日常生活で生じた不慮の死(転倒や誤嚥などによる事故死)」の場合は告知がいりません。ただし、特殊清掃が必要となるような状態にないことが条件となります。
2.死亡した場所による線引き
死亡した場所によっても告知の要不要は分かれます。
「他殺・自殺・事故死(日常生活で生じた不慮の死以外)・原因が明らかでない死」と、特殊清掃を伴う「自然死・日常生活で生じた不慮の死」が、
居住用不動産や、日常生活において通常使用する必要がある集合住宅の共用部分(ベランダ、エントランス、エレベーター、廊下、階段など)において生じた場合、告知が必要となります。
逆に、対象不動産の隣接住戸や、日常生活において通常使用しない集合住宅の共用部分(機械室や管理人室など)で上記の死が生じた場合は、告知は必要ないとされました。
3.経過期間による線引き
告知判断は基本的に死因や発生場所で決まりますが、今回のガイドラインで、事案発生からの経過期間によっても告知の線引きがされました。
居住用不動産や、日常生活において通常使用する必要がある集合住宅の共用部分(ベランダ、エントランス、エレベーター、廊下、階段など)において、「他殺・自殺・事故死(日常生活で生じた不慮の死以外)・原因が明らかでない死」が生じた場合、または「自然死・日常生活で生じた不慮の死」で特殊清掃があった場合、
事案発生からおおむね3年が経過するまでは告知が必要になります。
逆に、おおむね3年が経過していれば告知の必要はないと定められました。
以上、1~3をまとめると次の表のようになります。
《告知が必要になる死》
【経過期間】 【発生場所】 |
《告知が不要な場合》
【経過期間】 【発生場所】 |
ガイドラインには不明確な事案も
このようにガイドラインは、人の死が関わる心理的瑕疵についての告知判断に一定の基準を設けることとなりました。しかし、まだまだ万全ではないようで、下記のように不明確な事案も存在します。
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国交省によると、上記の事案については事例の蓄積を踏まえて決めていくとのこと。
言うまでもなく、人の死が関わる心理的瑕疵の告知判断は賃貸経営の明暗を分ける大きな問題です。今後のガイドラインの動向が注目されます。
※この事例は2021年12月のものです。ご紹介した考え方は一例であり、トラブル解決のプロセスは案件ごとに異なる旨、ご承知おきください。
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