「オフィスを飛び出しやってみた。」
このコーナーは、読者の皆さまに賃貸管理の「今」をお伝えするべく、弊社社員がオフィスを飛び出し、社内外のさまざまなイベントに参加する企画です。
今回のテーマは、家賃滞納者からお部屋を取り戻すための「建物明渡訴訟」。
賃貸管理会社アートアベニューの滞納督促担当者に同行し、明渡訴訟の実際の様子を取材しました。
2件の建物明渡訴訟を追う
滞納賃料は半年~1年分。滞納者のうち一人は公務員
今回、オーナーズエージェントが取材した裁判は、管理会社アートアベニューが管理している物件のうち、転貸借(サブリース)しているお部屋で起きた2件の「建物明渡訴訟」でした。
ひとつは建設会社に勤める30代・男性入居者の滞納。前職を辞め、生活保護となったのをきっかけに家賃を滞納するようになったそうです。
その後、都内の建設会社に再就職したものの、滞納を繰り返し、やがて一円も払わなくなったとのこと。滞納賃料は60万円に上っており、アートアベニューとしては一刻も早い明け渡しに向けて手続きを進めていくそうです。
一方、もうひとつの訴訟は、なんと30代・女性公務員が家賃滞納者とのこと。入居中の休職がきっかけで滞納が始まり、公務に復帰した後も断続的に滞納を繰り返しているそうです。
督促担当者によると、このままお部屋を貸しても支払いが不安定であるため、早期明け渡しか、次の滞納でいつでも強制退去させられる状態に持ち込むことが当面の目標になるということでした。
《建物明渡請求事件A》
《建物明渡請求事件B》
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入居中の失業が原因で家賃滞納が始まったこの2件。
すでに信頼関係が破壊されているとして、アートアベニューでは契約解除・建物明渡・滞納賃料の支払いを求めているわけですが、今回の訴訟でどのような経過をたどったのでしょうか。実際の裁判のもようをお伝えします。
東京簡易裁判所で開かれた「第1回口頭弁論」を傍聴
非日常感の漂う裁判所を歩く
さて、今回訪れたのは、霞が関にある東京簡易裁判所。
簡易裁判所は訴額140万円以下の民事事件の第一審を扱う裁判所で、滞納賃料や建物明渡の請求に際して起訴前の和解・調停・強制執行などを担当する、われわれ都内の不動産業者にとっては最も身近な裁判所となります。
東京簡易裁判所のある建物
簡易裁判所が扱う訴訟は民事となりますが、刑事事件と同じく争いごとには違いありません。予期せぬトラブルを防ぐため裁判所の警備は厳重になっており、利用者は守衛を横目にエントランスに入ると、警備員に促されるまま金属探知機などを使った所持品検査を受けることになります。
裁判所内部には、火薬類はもちろん、はさみやカッターなどの刃物類、鍵交換で使うような工具なども持ち込めません。また、カメラ・ICレコーダーも使用不可ですが、カバンなどに入れているだけであれば問題ないようです(スマートフォンのカメラも当然ながら使用不可。よって、ここから先は実際の写真がほとんどありません!)。
そして所持品検査を終えたら、いざ法廷へ。
裁判所内は掲示物などもなく殺風景な雰囲気で、ロビーや廊下には、これから口頭弁論を控えている老若男女の姿がちらほら見られました。これから始まる裁判の準備をしているのか、書類を漁ったり、手帳に何かを書き込んだりと誰もが一様に忙しない様子。
何やら非日常感の漂う裁判所内の空気でした。
第1回口頭弁論期日までの流れ
さて、督促担当者に連れられて、たどり着いた先は小ぢんまりとした法廷でした。
構造は原告席(左)と被告席(右)が向かい合う一般的なもので、中央奥に裁判官、その両隣には二人の司法委員が座ります。また、裁判官の前にある一段低くなった席には裁判所書記官、その隣には裁判所事務官が黙々と作業をしていました。
ここで口頭弁論が行なわれるわけですが、そもそも口頭弁論とは、裁判官が原告・被告双方から、口頭による弁論を聴く手続きを指します(刑事事件では「公判」と呼び分けます)。
口頭弁論に至るまでには、まず原告が「訴状」と呼ばれる書面を裁判所に提出し、次に裁判所から被告に「口頭弁論期日呼出状及び答弁書催告状」という書面とともに訴状が送られます(これを「送達」と言います)。
噛み砕いて言うと、裁判所が被告に「あなたはこういった内容で訴えられていますよ」「この日に話し合うから裁判所に来てね」「言いたいことがあるなら答弁書に書いて送ってね」と通知するわけです。
そうした流れを経て、裁判所と原告の決めた第1回口頭弁論期日に、原告・被告双方が集まり、裁判所がそれぞれの主張を確認することになるのです。
《用語チェック》
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30分間に18件の口頭弁論を処理、被告の出廷はまれ
原告・被告双方の主張を確認する口頭弁論ですが、この日、特に驚いたのは一つの法廷で行なわれる一日の口頭弁論の数でした。
出入口付近に貼られた当日の開廷表を見ると、開廷時間の10~13時頃までに約50件の民事訴訟がずらりと並んでいました(数は日によって異なります)。よく見ると、30分間に詰め込まれた口頭弁論は18件。1件あたり1~2分で処理する計算です。
「これだけ多くの案件を、本当に短時間でさばけるの?」
そんな疑問を抱えたまま傍聴席に座りましたが、開廷してみるとすぐに合点がいきました。
どの建物明渡訴訟でも、あるいはその他の金銭請求事件でも、ほとんどの口頭弁論で被告の姿が見えないのです。
アートアベニューの督促担当者に話を聞くと、口頭弁論で被告がいることは少なく、特に家賃滞納者は口頭弁論に出席しないことが当たり前なんだとか。さらに多くの家賃滞納者は答弁書さえ提出していないので、訴状に対して無回答のまま口頭弁論期日を迎えることになるそうです。
このように、被告が原告の訴状を受け取っていながら第1回口頭弁論期日に欠席し、さらに答弁書も提出しなかった場合、被告は原告の主張を全面的に認めたものと見なされます(これを「擬制自白」と言います)。
それにより「欠席判決」という形で原告の訴えを認める判決が直ちに下されますので、法廷では時間をかける必要がありません。
督促担当者に聞いても、家賃滞納による建物明渡などの口頭弁論では、ほとんどすることがないとのこと。たいていの場合、裁判官が原告に「訴状の内容はこれでいいですね?」と確認し、第2回の口頭弁論が必要ならその日時調整や、判決が下される日程を伝えれば、それで終了。被告からの異議申し立てがないので“話が早い”わけです。
実際に今回傍聴した口頭弁論でも、建物明渡請求事件A(滞納者は建設会社勤務)の被告は姿を見せず、答弁書も出していませんでした(督促担当者には「出席する」と言っていたそうですが)。
結局、口頭弁論とはいっても、原告席に座ったアートアベニュー側の司法書士が裁判官と二つか三つ言葉を交わした程度。入居者にとって自宅を明け渡すとなると只事ではないと思うのですが、何ともあっけない幕切れでした。
ちなみに、第1回口頭弁論期日に被告が欠席しても、答弁書を提出していれば被告は法廷で答弁書の内容を陳述したことになります(これを「擬制陳述」と言います)。第1回の期日は原告側の都合で決められるので、被告が欠席せざるを得ない場合も当然出てきます。そのため、第1回に限って特例が認められています。
《用語チェック》
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現れた女性公務員、事態は和解の方向へ
一方、多くの口頭弁論で被告が姿を見せない中、女性公務員が訴えられた建物明渡請求事件Bは異なる展開を見せました。裁判所事務官の呼び掛けで事件Bの口頭弁論が始まると、スーツ姿の小柄な女性が、傍聴席を横切り被告席へ。督促担当者は驚いた様子もなく、現れた被告にそっと目配せをしていたので、あらかじめ根回しが済んでいたようです。
被告の陳述は「退去はしたくない」「計画的に滞納賃料を返済できるよう話し合いたい」というもの。一度は退職して家賃滞納を繰り返したものの、復職後は継続して入金しており、今後も返していく意思があるということでした。
この場合、裁判所はできるだけ当事者間での和解を促すことになります。
流れとしては、口頭弁論をいったん終え、司法委員・原告・被告の3者が別室に移って和解に向けた話し合いを始めます。そして、話がまとまれば和解に、まとまらなければ裁判所が調停手続きを行なうことになるのです。
話し合いは長いと30分~1時間も見なければいけないそうですが、今回は督促担当者と被告の間で話がある程度まとまっていたことから10分程度で和解に至りました。
督促担当者によると、被告に滞納分を返済し、引き続き家賃を支払うための資力があると判断したため、退去は求めなかったそうです。
もちろん、闇雲に信じるだけではありません。被告とは「今後、もし家賃滞納を2ヶ月以上繰り返した場合は直ちに契約解除できる」という和解条件を結んだとのこと。滞納分の回収に向けて返済の道筋を付けつつ、リスクヘッジもできましたので、管理会社として当初の目的をしっかりと果たせたと言えるでしょう。
2件の建物明渡訴訟のその後…
傍聴から3カ月後、2件の建物明渡訴訟がどうなったのか、督促担当者に確認しました。
まず、事件Aの建設会社に勤める30代男性は、裁判所から建物明渡の催告を受ける前に「夜逃げ」したそうです。
アートアベニューは滞納賃料の回収こそできなかったものの、強制執行の催告段階でもぬけの殻となったお部屋を、催告日に即日断行して無事に回収。すでに貸付を再開することができたと言います。
一方、30代の女性公務員は家賃を滞納することがなくなり、今も変わらず住み続けているそうです。滞納分の返済完了まで期間があるため油断はできませんが、安定して就労しているらしく、当面は滞納する心配はなさそうとのことでした。
以上、建物明渡訴訟で行なわれる裁判のもようをレポートしました。
家賃滞納を原因とする建物明渡訴訟は不動産会社にとって大変身近な裁判です。「実際の裁判を知りたい」「どのような手続きがあるのか気になる」という方は、いちど裁判所に足を運び、口頭弁論を見学してみてもいいかもしれません。
転貸借ならオーナー負担の軽減に効果的
また、余談になりますが、今回の同行取材で改めて思ったのが、転貸借方式(サブリース)がオーナー負担の軽減に非常に役に立つ、ということ。口頭弁論こそあっという間でしたが、一連の裁判手続きや、司法書士(または弁護士)とのやり取りにはどうしても時間と労力がかかってきます。
しかし、アートアベニューのような転貸借を採用している管理会社に管理業を任せれば、管理会社がオーナーに代わって入居者対応を代行し、出廷して裁判の矢面に立つこともできます。
どんなに気を付けていても建物明渡訴訟は賃貸経営に付きものです。家賃の滞納督促や裁判絡みの面倒事からオーナーを守ることができるという点は、やはり転貸借の大きなメリットであると言えるでしょう。
《建物明渡訴訟で貸主がすること》
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